東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)130号 判決 1989年2月20日
原告
大山泰兒
右訴訟代理人弁護士
浅香寛
同
新居和夫
右訴訟復代理人弁護士
奥平力
被告
東京都
右代表者知事
鈴木俊一
右指定代理人
小林紀歳
同
加藤和樹
被告(東京都知事承継人)
東京都文京区長
遠藤正則
被告
東京都文京区
右代表者区長
遠藤正則
右両者指定代理人
秋山松壽
外三名
主文
原告の被告東京都文京区長に対する訴えを却下する。
原告のその余の被告に対する請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告東京都文京区長(以下、単に「被告区長」という。)は、訴外山口音作株式会社(以下「訴外会社」という。)に対して、訴外会社が別紙物件目録記載の工作物(以下「本件工作物」という。)においてレディミクストコンクリートの製造に使用する原動機でその出力が2.5キロワットを超えるものをすべて除却せよとの是正措置命令を発し、かつ、訴外会社が右是正措置命令に従わない場合には、行政代執行の規定に基づき、右レディミクストコンクリートの製造に使用する原動機でその出力が2.5キロワットを超えるものをすべて除却する措置を講ぜよ。
2 被告東京都は、原告に対し、金一二〇万円及びこれに対する昭和六三年四月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告東京都文京区(以下、単に「被告文京区」という。)は、原告に対し、金一二一二万二五八〇円及びこれに対する昭和六三年四月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに昭和六三年四月二〇日から本件工作物につき建築基準法違反の状態の解消の日まで一か月金二〇万円の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 2ないし4につき、仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告区長)
1 本案前の答弁
(一) 本件訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案の答弁
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
(被告東京都)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱の宣言
(被告文京区)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1(一) 原告は東京都文京区音羽一丁目二〇一番一、宅地374.11平方メートル及び同所二〇二地一、宅地231.66平方メートルの各土地(以下併せて「原告住所地」という。)に居住する者である。
(二) 訴外(承継前の被告)東京都知事は、昭和五八年三月三一日まで、建築基準法八八条二項の準用する同法四八条五項に違反した工作物について同法八八条二項の準用する同法九条一項に所定の是正措置命令を発する事務につき、特定行政庁としての権限を有していた者であり、被告東京都は、その公権力の行使に当たる公務員である訴外東京都知事の不法行為について、国家賠償法一条一項により損害賠償責任を負う者である。
(三) 被告区長は、昭和五八年四月一日から、右(二)の事務につき、訴外東京都知事の有していた特定行政庁としての権限を事務移管により有するに至った者であり、被告文京区は、その公権力の行使に当たる公務員である被告区長の不法行為について、国家賠償法一条一項により損害賠償責任を負う者である。
(四) 訴外会社は、原告住所地に隣接する東京都文京区音羽一丁目二〇三番一、宅地200.82平方メートル及び同所二〇三番四、宅地152.16平方メートルの各土地(以下「本件土地」という。)において、セメント、砂利、コンクリート二次製品等の土木建築材料の販売を営む株式会社である。
2(一) 本件土地は、都市計画法八条一項一号の商業地域に属するところ、商業地域においては、建築基準法八八条二項、四八条五項、別表第二(ほ)項三号(一三の二)、同法施行令一三八条三項一号により、出力の合計が2.5キロワットを超える原動機を使用するレディミクストコンクリートの製造施設の建築が禁止されている。
(二) しかるに、訴外会社は、本件土地上に大規模レディミクストコンクリート製造施設を建築することを計画し、昭和五五年八月一日、文京区建築主事に対し、建築基準法八八条一項、六条に基づき、「骨材サイロ及びセメントサイロ」建築確認申請を行い、同年九月一二日、同建築主事黒田清行(以下「黒田主事」という。)より確認第四一一号をもって、右建築確認を得た(以下、右建築確認申請を「第一次申請」といい、右建築確認を「第一次確認」という。)。
(三) 第一次申請は、形式的には、建築基準法八八条一項の工作物についてのものであったが、申請書に添付された図面等に照らし、対象となる工作物がレディミクストコンクリート製造施設であることが明白であった。そこで、原告が黒田主事に抗議したところ、訴外会社は、黒田主事の指導により第一次申請を取り下げた。
(四) 訴外会社は、さらに、昭和五六年一月二八日、文京区建築主事に対し、建築基準法八八条一項、六条に基づき、「骨材貯蔵サイロ」の建築確認申請を行い、黒田主事は、訴外会社から、右工作物においてコンクリート製造に該当する作業は行わない旨の誓約書を徴した上、同年二月一七日、確認第八一八号をもって、右建築確認をした(以下、右建築確認申請を「第二次申請」といい、右建築確認を「第二次確認」という。)。
しかし、第二次申請に係る申請書類は、第一次申請の申請書類から、対象となる工作物がレディミクストコンクリート製造施設であることが判明する部分を抹消しただけのものであり、訴外会社は、第一次申請の場合と同様、右施設を建築することを目的として、建築確認申請に及んだものであった。
(五) 訴外会社は、昭和五六年四月二九日、第二次確認に基づいて、本件工作物の建築に着手したところ、これにより、本件工作物がレディミクストコンクリート製造施設であることが明確になったので、同年五月一二日、被告区長は、建築基準法九条一〇項に基づく工事停止命令を発したが、訴外会社は、右停止命令を無視して工事を続行し、同年五月末ころ、大規模なレディミクストコンクリート製造施設である本件工作物を建築した。
(六) レディミクストコンクリート製造を行うために本件工作物に設置されている原動機の出力は、これをコンクリートの混練工程において使用されるモーターの出力のみに限定しても四五キロワットに達するものであるから、本件工作物は、建築基準法八八条二項、四八条五項に違反する工作物である。また、本件工作物は、東京都公害防止条例一条二項一号の「工場」に該当するから、同条例二三条一項により、その設置につき予め東京都知事の認可を受けることを要するところ、訴外会社は右認可を受けていないので、本件工作物は同条例二三条一項に違反する工作物でもある。
3(一) しかるに、訴外東京都知事は、訴外会社が本件工作物を建築し、レディミクストコンクリート製造を開始した後、昭和五六年六月一九日に建築基準法九条七項に基づく使用禁止命令を発し、同年一〇月一二日に、同法九条二項に基づき、本件工作物についてのレディミクストコンクリート製造工程のうちセメントの混入工程及びコンクリートの混練工程に相当する施設の部分の除却に関する措置命令の通知をしたものの、その後は、操業を続ける訴外会社に対し何らの是正措置もとらせず漫然とこれを放置し、昭和五八年一月二六日に至って、ようやく同法九条一項に基づき右措置命令の通知の内容の除却を命ずる是正措置命令を発したが、訴外会社がこれに従わなかったところ、それ以上の措置を行わなかった。なお、右是正措置命令は、昭和六〇年一一月二二日、東京都文京区建築審査会により、レディミクストコンクリートの製造装置に使用される原動機についてその出力の合計が2.5キロワットまでのものは許容されているから、右是正措置命令がセメントの混入工程及びコンクリートの混練工程に相当する施設の全部を除却するように命じたことは相当でないとの理由で取り消された。
(二) また、被告区長は、訴外会社に対し、昭和五六年六月九日、東京都公害防止条例に基づく操業停止命令を発し、さらに、右(一)の訴外東京都知事の発した是正措置命令が取り消された後の昭和六一年三月一〇日、建築基準法九条一項に基づき、本件工作物についてのレディミクストコンクリートの製造に使用する原動機の出力の合計を2.5キロワット以下とすることを命じた是正措置命令を発したものの、訴外会社が右いずれの命令にも従わなかったところ、それ以上の措置をしない。
4(一) しかしながら、本件工作物は、訴外会社が虚偽の申請により、かつ、コンクリート製造等の行為をしない旨の誓約書を建築主事に提出した上で取得した建築確認に基づいて、しかも、建築工事着手後の被告区長の工事停止命令を無視してこれを建築したものであって、その建築の違法性は著しく強いものである。かかる場合に、建築基準法上の特定行政庁が本件工作物建築の違法性を漫然と放置するようなことがあれば、同法の目的は達せられないばかりか、法秩序の維持及び国民の行政庁に対する信頼をも確保し得ないこととなる。したがって、訴外東京都知事及び被告区長は、建築基準法上の特定行政庁として、訴外会社に対し、本件工作物について、速やかに同法九条一項に基づく除却命令又は移転命令を発した上で、行政代執行の方法により本件工作物建築の違法状態を解消すべき義務を負うものであり、かかる措置を怠って、本件工作物建築の違法状態を漫然と放置したことは違法である。
なお、行政庁が法令の適用又は執行をするについて、裁量権を有することは否定できないとしても、法治主義のもとにおいては、行政庁の裁量権も第一次的なものに過ぎず、行政庁の権限の不行使によって生ずる被害ないし危険が著しい場合には、その裁量の範囲は零に収縮して権限を行使すべき法的義務が生ずるものというべきであるところ、訴外東京都知事及び被告区長が本件工作物建築の違法状態を看過していることによって、後記のとおり、原告が甚大な被害を受けているのみならず、他に近隣住民においても耐え難い被害を受けているのであり、かかる状態が惹起されている以上、訴外東京都知事及び被告区長は建築基準法の目的に照らし、その権限を行使してかかる状態を速やかに解消すべき法的義務を有するというべきである。また、本件工作物については、昭和五六年五月一二日、被告区長が、訴外会社に対し、建築基準法九条一〇項に基づく工事停止命令を発して、違反建築に対する取締りに着手しているのであるから、訴外会社がこの命令を無視して、違反状態を継続かつ増大させた場合には、取締りに着手した特定行政庁がこれを看過して許容することは許されず、次の取締りのための措置である同法九条一項の命令を発する義務があるといわなければならない。
(二) 右のように、行政庁が公権力を行使すべき義務を負いながら、これを怠っている場合には、主権の存する国民は、その手許に留保している、行政権の行使に介入し、適正なる行政権の行使を求めることができる権利(行政介入請求権)として、行政庁に対し、当該行政権の行使を訴求することができるというべきであるから、原告は、本件工作物につき建築基準法九条一項の命令を発する権限を現に有する被告区長に対し、訴外会社に対して本件工作物においてレディミクストコンクリートの製造に使用する原動機でその出力が2.5キロワットを超えるものをすべて除却せよとの是正措置命令を発し、かつ、訴外会社が右是正措置命令に従わない場合には、行政代執行法の規定に基づき、右レディミクストコンクリートの製造に使用する原動機でその出力が2.5キロワットを超えるものすべて除却する措置を講ずべき旨を請求し得るものである。
(三)(1) また、右(一)のとおり、訴外東京都知事及び被告区長が、速やかに建築基準法九条一項の命令を発して本件工作物建築の違法状態を解消しなかったのは違法であり、被告東京都及び被告文京区は、国家賠償法一条一項により、その公権力の行使に当たる公務員である訴外東京都知事及び被告区長の右不法行為によって原告に生じた損害を賠償する責任がある。
(2) 原告は、原告住所地で平穏な生活を営んでいたところ、本件工作物の建築が完成した以降現在まで、これより発生する多大の騒音、粉塵等により日常生活上甚だしい精神的苦痛を被っている。すなわち、
(ア) 本件工作物から発生する騒音は、コンベアー音、ミキサー音、ダンプカーの砂利を投下する音等金属音を中心とした様々な不快音であり、その質においても単純な道路騒音等と異なる極度に不快なものであるが、その程度においても、七〇ホンから七八ホンないし七九ホンにまで達し、騒音規制法に定める規制値の六〇ホンをはるかに超えるものである。
さらに、工場に出入りするダンプカーの騒音は一日平均三、四時間以上、コンクリートミキサー車のそれは地響きとともにほとんど一日中、これらを誘導する監視員の吹く笛の音も終日継続している。
右騒音が原告及び近隣住民に与える苦痛は堪え難いものであり、原告の家族はこれによりノイローゼの状態にあるほどである。
(イ) 本件工作物には粉塵を防止するための何らの装置もなく、これに午前七時前から始まって一日中間断なく出入りするダンプカーが資材搬入の度に立ち上げる粉塵はおびただしいものである。右粉塵により、原告及びその家族は、喉のいがらっぽい症状が慢性的に続き、外に洗濯物を干すこともかなわず、暑い日であっても窓も開けられず、苦しい毎日を送ることを余儀なくされている。
(ウ) なお、原告は、昭和六二年ころ、原告住所地に地上一〇階建てのビルを築造し、その一〇階部分に居住するようになったが、その際、右騒音及び粉塵による被害を軽減させるため、日照及び開放感を犠牲にして本件土地に面する南側に開口部を一切設けなかったが、そのようにしてもなお、騒音及び粉塵にさらされる状態は継続している。
(エ) 本件工作物にコンクリートミキサー車、ダンプカー等大型自動車が頻繁に出入りするため本件土地前の道路の通行に多大の危険が生じている。
以上の原告の精神的苦痛を金銭で慰謝するには、右状態にある期間中一か月当たり二〇万円を下らないところ、原告の右損害のうち昭和五七年一〇月一日から昭和五八年三月三一日までの六か月間に生じた一二〇万円に相当する部分は右(一)の訴外東京都知事の違法行為と相当因果関係を有し、また、同年四月一日から本件工作物についての建築基準法違反の状態が解消される日までに生ずる部分は右(一)の被告区長の違法行為と相当因果関係を有するものである。
5 よって、原告は、
(一) 被告区長に対し、前記行政介入請求権に基づいて、訴外会社に対して本件工作物においてレディミクストコンクリートの製造に使用する原動機でその出力が2.5キロワットを超えるものをすべて除却せよとの是正措置命令を発し、かつ、訴外会社が右是正措置命令に従わない場合には、行政代執行の規定に基づき、右レディミクストコンクリートの製造に使用する原動機でその出力が2.5キロワットを超えるものをすべて除却する措置を講ずることを求め、
(二) 被告東京都に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償として、金一二〇万円及びこれに対する不法行為後の日である昭和六三年四月二〇日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、
(三) 被告文京区に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償として、昭和五八年四月一日から昭和六三年四月一九日までに生じた一か月当たり二〇万円の確定損害賠償金として一二一二万二五八〇円及びこれに対する不法行為以降の日である昭和六三年四月二〇日から支払済みまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払い並びに昭和六三年四月二〇日から本件工作物についての建築基準法違反の状態が解消される日まで一か月当たり二〇万円の割合による金員の支払いを求める。
二 被告区長の本案前の主張
原告の被告区長に対する訴えは、建築基準法上の特定行政庁である被告区長に対し、同法九条一項に基づく是正措置命令(除却命令)権限並びに同条一二項及び行政代執行法に基づく行政代執行権限の行使を求めるいわゆる義務付け訴訟に当たるところ、被告区長が右各権限を行使するか否か、また行使するとして、いつ、いかなるときに、どのような方法で行使するかは、被告区長の裁量に委ねられており、かかる裁量権限の行使を訴求する訴えは、行政庁の第一次判断権を侵害するもので、三権分立の建前上許されない不適法なものである。
また、原告は、これらの権限の行使、不行使につき、被告区長が有する裁量権も、その不行使によって生ずる被害ないし危険が著しい場合には、裁量の範囲が零に収縮して権限を行使すべき法的義務が生じ、原告は行政介入請求権として、被告に対し当該権限の行使を訴求し得るとも主張するが、後述するとおり、本件工作物の存在によって原告に損害が生じ、あるいは、原告の生命、身体等の重大な利益に対する具体的な危険が切迫している状況にはないのであるから、原告の右主張も失当である。
三 請求の原因に対する認否
(被告東京都)
1 請求の原因1の(一)、(二)及び(四)は認める。
2(一) 同2(一)は認める。
(二) 同(二)のうち、訴外会社が昭和五五年八月一日に文京区建築主事に対し第一次申請を行い、同年九月一二日に黒田主事より第一次確認を得たことは認め、その余は不知。
(三) 同(三)のうち、第一次申請を取り下げたことは認め、その余は不知。
(四) 同(四)のうち、訴外会社が昭和五六年一月二八日に文京区建築主事に対し第二次申請を行ったこと、黒田主事が訴外会社から主張の誓約書の提出を受けた上、同年二月一七日に第二次確認を行ったことは認め、その余は不知。
(五) 同(五)のうち、被告区長が昭和五六年五月一二日に主張の工事停止命令を発したこと、同年五月末ころ訴外会社がレディミクストコンクリート製造施設である本件工作物を建築したことは認め、その余は不知。
(六) 同(六)は認める。
3 同3の(一)のうち、訴外東京都知事が昭和五六年六月一九日に主張の使用禁止命令を発したこと、同年一〇月一二日に主張の措置命令の通知をし、昭和五八年一月二六日に主張の是正措置命令を発したこと、右是正措置命令が昭和六〇年一一月二二日に東京都文京区建築審査会により主張の理由で取り消されたことは認め、その余は否認する。
4(一) 同4の(一)の主張は争う。
(二) 同(三)の(1)の主張は争う。同(2)のうち、(ウ)の原告が昭和六二年ころ原告住所地に地上一〇階建のビルを築造し、その一〇階部分に居住するようになったことは認め、原告に損害が生じたことは争い、その余は不知。
(被告区長及び被告文京区)
1 請求の原因1の(一)、(三)及び(四)は認める。
2(一) 同2の(一)は認める。
(二) 同(二)のうち、訴外会社が昭和五五年八月一日に文京区建築主事に対し第一次申請を行い、同年九月一二日に黒田主事より第一次確認を得たことは認め、その余は不知。
(三) 同(三)のうち、原告が黒田主事に抗議したこと、訴外会社が第一次申請を取り下げたことは認め、その余は否認する。
(四) 同(四)のうち、訴外会社が昭和五六年一月二八日に文京区建築主事に対し第二次申請を行ったこと、黒田主事が訴外会社から主張の誓約書の提出を受けた上、同年二月一七日に第二次確認を行ったことは認め、その余は不知。
(五) 同(五)のうち、訴外会社が昭和五六年四月二九日に本件工作物の建築に着手したこと、被告区長が同年五月一二日に主張の工事停止命令を発したこと、訴外会社が右命令後も工事を続行し、同年五月末ころレディミクストコンクリート製造施設である本件工作物を建築したことは認め、その余は不知。
(六) 同(六)は認める。
3(一) 同3の(一)のうち、訴外東京都知事が昭和五六年六月一九日に主張の使用禁止命令を発したこと、同年一〇月一二日に主張の措置命令の通知をし、昭和五八年一月二六日に主張の是正措置命令を発したこと、右是正措置命令が昭和六〇年一一月二二日に東京都文京区建築審査会により主張の理由で取り消されたことは認め、その余は否認する。
(二) 同(二)のうち、被告区長が訴外会社に対し昭和五六年六月九日に東京都公害防止条例に基づく操業停止命令を発したこと、昭和六一年三月一〇日に主張の内容の是正措置命令を発したこと、訴外会社が右各命令に従わなかったことは認め、その余は否認する。
4(一) 同4の(一)及び(二)の主張は争う。
(二) 同(三)の(1)の主張は争う。同2のうち、(ア)の本件工作物から発する騒音が一時的に七〇ホンに達すること、(ウ)の原告が昭和六二年ころ原告住所地に地上一〇階建のビルを築造し、その一〇階部分に居住するようになったことは認め、原告に損害が生じたことは争い、その余は不知。
四 被告らの主張
(被告東京都)
1 原告は、本件工作物につき、訴外東京都知事に、速やかに建築基準法九条一項の除却命令又は移転命令を発し、同条一二項の行政代執行の権限を行使すべき義務があった旨主張するが、同条一項の是正措置命令の権限の行使は、同法一条の行政目的を達する見地から、特定行政庁の責任と判断においてされるべきであり、是正措置命令の要否、是正措置命令を発令する時期、是正措置の内容等は特定行政庁の裁量に委ねられているものである。
訴外東京都知事は、昭和五六年五月六日に被告区長から、訴外会社が建築基準法四八条五項に違反する本件工作物を建築中である旨の報告を受けた後、同月一四日に訴外会社の代理人である弁護士飯塚信夫(以下「飯塚弁護士」という。)に工事停止を強く指導したほか、本件工作物が完成した後は、いわゆる行政指導により訴外会社に違反是正をさせることが妥当であると判断し、昭和五八年四月一日に本件工作物についての建築基準法九条所定の違反建築物に対する措置の権限に属する事務が事務移管により被告区長に承継されるまで、訴外会社に対し、次のとおり本件工作物の移転の行政指導を中心とする措置をとったもので、訴外会社の対応に応じて適切に対処しており、建築基準法九条一項の是正措置命令の権限を行使するについて裁量の範囲を逸脱した違法はない。
(一) 昭和五六年五月二七日、同年六月一九日及び同年八月二一日に訴外会社に対し是正計画書の提出を求めたところ、同年七月二四日に飯塚弁護士から本件工作物を移転する是正計画がある旨の申入れがあり、同年八月二八日に訴外会社から他に工場用地を見つけて本件工作物を移転する計画であり、すでに業者にあっせんを依頼した旨の上申書の提出があった。
(二) 同年一一月六日、飯塚弁護士から、訴外中央信託銀行株式会社に移転用地のあっせんを依頼しているが現在まで適当な用地がない旨の報告があったので、訴外会社の取引先である訴外秩父セメント株式会社等にも依頼するよう指導した。
(三) 訴外会社から、同年一二月四日に訴外秩父セメント株式会社に移転用地のあっせんを依頼した旨の報告があり、同月七日に是正措置報告書の提出があった。
(四) 昭和五七年一月一二日に訴外秩父セメント株式会社の担当者から事情聴取をしたところ、現在用地確保のために努力中でもう少し時間が欲しい旨の申入れがあり、さらに、同年二月五日に再度訴外秩父セメント株式会社の担当者から事情聴取をしたところ、東京湾岸の埋立地に用地があり交渉中である旨の回答があった。
(五) 同年六月七日に飯塚弁護士及び訴外中央信託銀行株式会社の担当者から、現在新たな物件について交渉を進めている旨の報告があり、さらに同年七月三一日に訴外会社から用地取得に難航しているのでもう少し時間が欲しいとの申入れがあった。
(六) 同年一〇月二七日、訴外中央信託銀行株式会社の担当者から物件一覧表の提出があった。
(七) 同年一一月一七日に飯塚弁護士に対し、このまま推移すれば建築基準法九条一項の強制措置をとらなければならなくなる旨伝えたところ、同弁護士から、移転用地を物色中であるので、もう少し時間が欲しいとの申入れがあった。
(八) なお、この間、訴外東京都知事は、被告会社に対し、昭和五六年六月一九日に建築基準法九条七項に基づく本件工作物の使用禁止命令を発し、また、同年一〇月一二日に同法九条二項に基づき、本件工作物についてのレディミクストコンクリートの製造工程のうちセメントの混入工程及びコンクリートの混練工程に相当する施設の部分の除却に関する措置命令の通知をした。
(九) 訴外会社は、以上のとおり、訴外東京都知事の度重なる是正指導にもかかわらず、相当期間が経過するもなお本件工作物の移転等の違反是正を行わないことから、訴外東京都知事は昭和五八年一月二六日、訴外会社に対し、建築基準法九条一項に基づき本件工作物についてのレディミクストコンクリートの製造工程のうちのセメントの混入工程及びコンクリートの混練工程に相当する施設の部分の除却を命じた。
2 また、原告は、訴外東京都知事が特定行政庁として有する裁量権も、その不行使によって生ずる被害ないし危険が著しい場合には、裁量の範囲が零に収縮して権限を行使すべき法的義務が生ずるとも主張するが、本件工作物の存在によって原告に損害が生じ、あるいは、原告の生命、身体等の重大な利益に対する具体的な危険が切迫している状況にはないのであるから、右主張も失当である。
なお、右の点については、後記被告区長及び被告文京区の主張2を援用する。
(被告区長及び被告文京区)
原告は、本件工作物につき、被告区長に、建築基準法九条一項の除却命令又は移転命令を発したうえで、同条一二項の行政代執行の権限を行使すべき義務があり、これを怠って本件工作物建築の違法状態を漫然と放置したことは違法である旨主張し、また、これらの権限の行使不行使につき、被告区長が行政庁として有する裁量権も、その不行使によって生ずる被害ないし危険が著しい場合には、裁量の範囲が零に収縮して権限を行使すべき法的義務が生ずるとも主張するが、以上に述べるとおり、被告区長が本件工作物建築の違法状態を漫然と放置していた事実はなく、また、本件工作物の存在によって原告に損害が生じ、あるいは、原告の生命、身体等の重大な利益に対する具体的な危険が切迫している状況にもないのであるから、原告の右主張は失当である。
1(一) 本件工作物についての、建築基準法九条所定の違反建築物に対する措置の権限に属する事務は、昭和五八年四月一日に事務移管により訴外東京都知事から被告区長に承継されたが、被告区長は、従来から訴外東京都知事が訴外会社に対して行政指導をしていた内容に沿って、訴外会社に自主的に違反状態の是正をさせることが適当であると判断し、訴外会社に本件工作物の移転について指導した。
(二) 被告区長は、昭和五九年度に入ってからも、訴外会社に自主的な違反是正をさせるべく、呼出しや電話での事情聴取を重ねて、本件工作物の移転についての行政指導を続けたが、具体的な進展はみられなかった。
(三) 他方、訴外会社は、昭和五八年三月二四日、訴外東京都知事が同年一月二六日付けでした請求の原因3の(一)の是正措置命令に対し、その取消しを求める審査請求を東京都建築審査会に提起し、同年四月一日の事務移管により右事件の審査庁となった東京都文京区建築審査会において右是正措置命令の適否についての審理が続けられていたので、被告区長は、行政代執行権限の行使が相手方の財産権の侵害を伴うことに鑑み、その実施についての結論を差し控えていたところ、昭和六〇年一一月二二日、同建築審査会は、請求の原因3の(一)の理由により右是正措置命令を取り消す旨の裁決をした。
(四) しかし、右裁決にもかかわらず、本件工作物が建築基準法に違反する状態であることには変わりがないので、被告区長は、昭和六一年三月一〇日、訴外会社に対し、是正期限を同年六月九日として、本件工作物においてレディミクストコンクリートの製造に使用する原動機の出力の合計を2.5キロワット以下にする措置をとることを命ずる是正措置命令を発した。
(五) その後、訴外会社が、右(四)の是正措置命令に対し、その取消しを求める訴えを東京地方裁判所に提起したので、被告区長は、慎重を期するため、同裁判所の判断がなされるまで、本件工作物においてレディミクストコンクリートの製造に使用する出力2.5キロワット以上の原動機を除却することを命ずる新たな是正措置命令(除却命令)を発することは適当でないと判断し、これを差し控えている。
(六) 右のとおり、被告区長は、本件工作物建築の違法状態に対し、適切かつ実効性のある措置をとっているのであり、漫然とこれを放置しているとする原告の主張は失当である。
2(一) 原告は、本件工作物より発生する騒音により日常生活上甚だしい精神的苦痛を被っている旨主張するが、原告住所地においては、その面前の道路(音羽通り)の車両通行に伴う騒音と本件工作物のレディミクストコンクリート製造施設の操業に伴う騒音との識別が難しく、ほとんど差異が認められない。
(二) また、原告は、本件工作物より発生する粉塵によっても日常生活上甚だしい精神的苦痛を被っている旨主張するが、原告には本件工作物から発生する粉塵による被害はほとんどなく、あってもごく軽微なものである。
(三) なお、原告は、昭和六二年三月六日、原告住所地に請求の原因4の(三)の(2)の(ウ)のビルを築造し、その一階部分で、原告の経営する法人が生花販売業を営んでいるほか、その二階部分を店舗として賃貸し、また三階から九階までを計七六戸の賃貸住宅としてそのほとんどを現に賃貸しているが、かかる状況に照らして、原告に本件工作物のレディミクストコンクリート製造施設の操業による損害はないというべきである。
第三 証拠<省略>
理由
第一まず、原告の被告区長に対する請求の趣旨1の訴えの適否について判断する。
右訴えは、被告区長に対し、本件工作物につき、同被告が建築基準法上の特定行政庁として有する同法八八条二項、九条一項に基づく是正措置命令としての除却命令を発する権限並びに同法八八条二項、九条一二項及び行政代執行法に基づく行政代執行をする権限をそれぞれ行使すべきことを求めるものであって、無名抗告訴訟としてのいわゆる義務付け訴訟に当たるものであるところ、かかる形態の訴訟が許容されるためには、少なくとも、行政庁に第一次判断権を留保することが重要でないと認められる場合、すなわち、具体的事情に照らして、行政庁が当該処分をすべきことについて法律上羈束されていて行政庁に裁量の余地が全く残されていないような場合であることを必要とするものと解すべきである。
しかるところ、建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とするものであり(同法一条参照)、同法九条一項及び一二項(同法八八条によって準用される場合を含む。)により是正措置命令の権限及び行政代執行の権限が特定行政庁に付与された趣旨もその行使によってかかる行政目的の達成に寄与すべきことにあるから、特定行政庁は、かかる見地に立った上で、同法に違反する建築物又は工作物の違反の内容及び程度並びにこれにより近隣住民の受ける被害の内容及び程度、是正措置命令あるいは行政代執行により建築主の受ける損失の程度、建築主による自発的な違反解消措置の取られる見込み等諸般の事情を総合考慮した上で、その合理的な判断により、右各権限の行使をするか否か、行使するとした場合はいついかなる方法で行うか等を決すべきもであり、したがって、右各権限の行使及び不行使については、行政庁の広汎な裁量に委ねられているものということができる。そうすると、原告が右訴えにより給付を求める被告区長の是正措置命令及び行政代執行の各処分権限の行使については、余程特段の事情でもない限り、前記の義務づけ訴訟が許容されるための前提を欠いているものといわざるを得ないところ、後記(第二の三の2の(四))のとおり、被告区長が右各権限を行使しないことについて不相当とすべき点があるとはいえないのであるから、到底右の特段の事情があるとすることはできず、結局、原告の右訴えは、その余の点につき検討するまでもなく、不適法であるといわなければならない。
第二次に、原告の被告東京都及び同文京区に対する損害賠償請求について判断する。
一請求の原因1の(一)、(二)及び(四)の各事実は、原告と被告東京都の間で、また、同1の(一)、(三)および(四)の各事実は、原告と被告文京区との間でそれぞれ争いがない。
二1 請求原因2の(一)の事実、同2の(二)のうち、訴外会社が昭和五五年八月一日に文京区建築主事に対して第一次申請を行い、同年九月一二日に黒田主事より第一次確認を得たこと、同2の(三)のうち、訴外会社が第一次申請を取り下げたこと、同2の(四)のうち、訴外会社が昭和五六年一月二八日に文京区建築主事に対して第二次申請を行い、黒田主事は、訴外会社から、右工作物においてコンクリート製造に該当する作業は行わない旨の誓約書を徴した上、同年二月一七日に第二次確認をしたこと、同2の(五)のうち、被告区長が同年五月一二日に建築基準法九条一〇項に基づく工事停止命令を発したが、訴外会社は同年五月末ころレディミクストコンクリート製造施設である本件工作物を建築したこと、同2の(六)の事実、同3の(一)のうち、訴外東京都知事が昭和五六年六月一九日に建築基準法九条七項に基づく使用禁止命令を発し、同年一〇月一二日、同法九条二項に基づき、本件工作物についてのレディミクストコンクリート製造工程のうちセメントの混入工程及びコンクリート混練工程に相当する施設の部分の除却に関する措置命令の通知をした後、昭和五八年一月二六日に同法九条一項に基づき右措置命令の通知の内容の除却を命ずる是正措置命令を発したこと及び右是正措置命令が昭和六〇年一一月二二日に東京都文京区建築審査会により、レディミクストコンクリートの製造装置に使用される原動機についてその出力の合計が2.5キロワットまでのものは許容されているから、右是正措置命令がセメントの混入工程及びコンクリートの混練工程に相当する施設の全部を除却するよう命じたことは相当でないとの理由で取り消されたことは、いずれも当事者間に争いがなく、また、同2の(三)のうち、原告が第一次確認について黒田主事に抗議したこと、同2の(五)のうち、訴外会社が昭和五六年四月二九日に第二次確認に基づいて本件工作物の建築に着手したこと、被告区長の建築基準法九条一〇項に基づく工事停止命令を無視して工事を続行したこと、同3の(二)のうち、被告区長が訴外会社に対して昭和五六年六月九日に東京都公害防止条例に基づく操業停止命令を発したこと、被告区長が昭和六一年三月一〇日に建築基準法九条一項に基づき本件工作物についてのレディミクストコンクリートの製造装置に使用する原動機の出力の合計を2.5キロワット以下とすることを命じた是正措置命令を発したこと、訴外会社が右いずれの命令にも従わなかったことは、原告と被告文京区との間で争いがない。
2 右一及び二の1の争いのない事実に、<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 訴外会社は、本件土地において、各種セメント、砂利等建築資材の販売を営んでいたところ、昭和四四年頃に、セメント、砂利、水等の材料を計量した上、コンクリートミキサー車に流し込み、攪拌はコンクリートミキサー車で行う方法で、レディミクストコンクリート(生コンクリート)の製造を行う仕組みの施設を本件土地上に建築し、レディミクストコンクリート製造を開始したが、右のようなコンクリートミキサー車で攪拌する製造方法によっては多大の粉塵及び騒音が発生すること並びに製造されるレディミクストコンクリートの強度が劣ることから、右施設を取り壊し、訴外光洋機械産業株式会社の設計建築に係るコンクリートの混練工程を含む密閉型のレディミクストコンクリート製造施設を本件土地上に建築することを計画した。
(二) しかしながら、本件土地は、都市計画法八条一項一号の商業地域に属し、建築基準法八八条二項、四八条五項、別表第二(ほ)項三号(一三の二)、同法施行令一三八条三項一号により、商業地域においては、出力の合計が2.5キロワットを超える原動機を使用するレディミクストコンクリートの製造施設の建築は、特定行政庁の許可がない限り禁止されているところ、訴外会社の従前のレディミクストコンクリート製造施設は右規定に違反する工作物であったし、また、新たに建築を計画する製造施設も右の建築が禁止されている建築基準法八八条二項の工作物であるレディミクストコンクリート製造施設に該当するもので、建築確認の得られる見込みのないものであったため、訴外会社は、対象工作物の種類を同法八八条一項の工作物である「骨材サイロ及びセメントサイロ」とした上で、同項及び同法六条に基づいて、昭和五五年八月一日に、文京区建築主事に対する建築確認申請(第一次申請)を行い、同年九月一二日、黒田主事から、右工作物の建築確認(第一次確認)を得て、訴外光洋機械産業株式会社と建築請負契約を締結するとともに、本件土地上の従前の施設を取り壊した。
(三) 黒田主事は、第一次申請につき、その申請内容に従い、建築基準法八八条一項の工作物を対象として、申請書及び添付書類に基づいて審査し、関係法令に違背する点はないと認めて第一次確認をしたものであるが、その後、訴外会社が第一次申請に添付した図面中に、対象工作物がレディミクストコンクリートの製造施設であることを窺わせる図面が含まれているのを発見した原告及びその長男の訴外大山悦男らから、建築基準法違反の工作物について建築確認をしたとして抗議を受け、訴外会社に対し、第一次申請の対象工作物以外の工作物を建築しないよう指導するとともに、第一次申請を取り下げ、対象工作物が建築基準法八八条一項の工作物のサイロであることが明確になるような建築確認申請を出し直すよう勧告した。
(四) 訴外会社は、黒田主事の右勧告に応じ、昭和五六年一月一六日に第一次確認に係る工作物の「工事取りやめ届」書を、また、同年二月一四日に右工作物の「建築確認取り下げ願い」書を文京区建築主事宛てに提出するとともに、これと前後して、同年一月二八日に、対象工作物の書類を建築基準法八八条一項の工作物である「骨材貯蔵サイロ」とし、第一次申請の添付書類を、そのうちの対象工作物がレディミクストコンクリート製造施設であることを窺わせる部分を削除するなど手を加えた上で再度添付して、同項及び同法六条に基づき、文京区建築主事に対する建築確認申請(第二次申請)を行い、これに対し、黒田主事は、同年二月一六日付けで第一次確認を取り消すとともに、第二次申請について、申請内容に従い、建築基準法八八条一項の工作物として審査し、申請書類及び添付書類上、関係法令に違背する点はないと認めて、同年二月一七日に建築確認(第二次確認)を処分したが、右処分に当たり、第一次確認後、訴外会社がレディミクストコンクリート製造施設を建築することが疑われる状況にあったことを考慮し、原告から抗議を受けたことをも踏まえて、第二次確認の対象となる工作物以外の工作物の建築をしないことを確認させる目的で、訴外会社から、「当敷地内の作業内容は建築用骨材の販売の為の作業であり、計量及び配合等コンクリート製造に該当する作業等はおこなわないことを誓約致します」との記載のある作業内容及び誓約書と題する書面を徴した。
(五) しかしながら、訴外会社は、既に訴外光洋機械産業株式会社との間で建築請負契約を締結し、旧施設を取り壊したこともあって、レディミクストコンクリート製造施設の建築計画を放棄する意思は全くなく、第二次確認のされた後の昭和五六年四月二九日、レディミクストコンクリート製造施設である本件工作物の建築に着手したので、被告区長は、同年五月一二日、訴外会社に対し、建築基準法九条一〇項に基づく工事施行停止命令を発したが、訴外会社は右命令を無視して工事を続行し、同年五月下旬頃、本件工作物の建築を完成して、そのころ、右施設の操業を開始した。
(六) 本件工作物に設置されているレディミクストコンクリート製造のため原動機の出力は、コンクリートの混練工程において使用されるものだけでも四五キロワットに達するものである。また、本件工作物は、東京都公害防止条例一条二項一号の「工場」に該当し、同条例二三条一項により、その設置につき予め東京都知事の認可を受けることを要するところ、訴外会社は未だ右認可を受けていない。
(七) 被告区長は、昭和五六年六月九日、訴外会社に対し、東京都公害防止条例に基づく操業停止命令を発したが、訴外会社は右命令に従わなかった。
(八) 本件工作物に係る建築基準法八八条二項で準用される同法九条に所定の措置の権限に属する事務は、昭和五七年一一月二四日政令第三〇二号による改正後の建築基準法施行令一四九条二項、一項によって、昭和五八年四月一日に被告区長に移管されるまでは、訴外東京都知事の所管であったところ、訴外東京都知事は、本件工作物の完成、操業開始後の昭和五六年六月一九日に、訴外会社に対し建築基準法九条七項に基づく使用禁止命令を発し、同年一〇月に、同法九条二項に基づき、本件工作物についてのレディミクストコンクリート製造工程のうちセメントの混入工程及びコンクリートの混練工程に相当する施設の部分の除却に関する措置命令の通知をした上、昭和五八年一月二六日に、同法九条一項に基づき、是正期限を同年七月二五日として、右措置命令の通知の内容の除却を命ずる是正措置命令を発したが、訴外会社はこれに従わず、また、右是正措置命令は、昭和六〇年一一月二二日、審査庁である東京都文京区建築審査会によって、レディミクストコンクリートの製造装置に使用される原動機についてその出力の合計が2.5キロワットまでのものは許容されているので、セメントの混入工程及びコンクリートの混練工程に相当する施設の全部を除却するよう命じたことは相当でないとの理由で取り消された。
(九) 昭和五八年四月一日に本件工作物に係る建築基準法九条の違反建築物に対する措置の権限に属する事務が被告区長に移管された後、被告区長は、昭和六一年三月一〇日に建築基準法九条一項に基づき、訴外会社に対し、本件工作物についてのレディミクストコンクリートの製造に使用する原動機の出力の合計を2.5キロワット以下とすることを命じた是正措置命令を発したが、訴外会社はこれに従わなかった。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
三1 ところで、原告は、本件工作物につき、昭和五八年三月三一日まで建築基準法上の特定行政庁として同法八八条二項で準用される同法九条一項所定の是正措置命令の権限を有していた訴外東京都知事及び同年四月一日以降右権限を有するに至った被告区長において、速やかに右権限を行使して、除却命令又は移転命令を発し、かつ、同条一二項に基づく行政代執行をし、それにより本件工作物の違法状態を解消すべき義務を負うものであって、訴外東京都知事及び被告区長が右権限の行使をしないことは違法であり原告に対する不法行為に該当するとして、国家賠償法一条一項に基づき被告東京都及び同文京区に対し損害賠償の請求をしているのである。
しかしながら、前記のとおり、建築基準法九条一項及び一二項(同法八八条によって準用される場合を含む)の是正措置命令の権限及び行政代執行の権限の行使及び不行使については、特定行政庁の広汎な裁量に委ねられていること、また、右権限は本来的には公共の福祉の増進のためのものであって、個人の利益のためのものではないことなどに鑑みると、同法違反の状態が存するにもかかわらず、特定行政庁が右権限を行使しなかったとしても、そのことが隣地住民等第三者個人との関係で違法となって不法行為を構成するのは、当該工作物についての同法違反の程度が著しく、これにより当該第三者が重大な生活利益の継続的な侵害を受けている状態にあるのに、当該工作物の設置者が自ら違反状態を解消する見込みが全くなく、これに対し、特定行政庁が、右違反の状態を認識しながら、その解消のために有効な右是正措置命令の権限を行使することには格別の支障も存在しないのに、これを漫然と放置し、右違反の状態をそのまま容認しているに等しいなどといった例外的な事情の存する場合に限られるものと解すべきである。
2 そこで、本件において、右のごとき例外的な事情が存するか否かについて検討する。
(一) 右二の2で認定した事実に、<証拠>を総合すると、本件工作物の建築基準法違反の状態に対する訴外東京都知事の対応につき、次の事実を認めることできる。
(1) 被告東京都において建築基準法違反の工作物等の取締りを担当する部署である都市計画局建築指導部建築指導課の担当吏員は、昭和五六年五月六日、被告文京区建築課長から、訴外会社が同法四八条に違反する本件工作物を建築中である旨の報告及び事情の説明を受けて、訴外会社の代表者を呼び出し、同月一四日に出頭した代理人の飯塚弁護士から事情を聴取するとともに被告区長が発した工事施行停止命令に従うよう指導をしたが、訴外会社はこれを無視して建築工事を続行し、本件工作物の建築を完成させたので、担当吏員において、同月二七日、現場を実地調査し、本件工作物の完成を確認し、訴外会社に対し、本件工作物の撤去又は移転を求め、是正計画案の提出を促した。
(2) 同年六月一九日、担当吏員において再度現場を実地調査し、訴外会社に対し口頭で建築基準法九条七項に基づく使用禁止を命ずるとともに、同年七月二四日、飯塚弁護士を呼び出し、是正計画案の提出を求めたところ、同年八月二八日に同弁護士から本件工作物を移転させる計画ですでに業者(訴外中央信託銀行株式会社)に移転先用地のあっせんを依頼した旨の上申書が提出されたが、さらに具体的な是正計画案の提出を指示した。
(3) その後、建築指導課内部において、訴外会社に対し、更に強い措置を取る方針が決定され、同年一〇月一二日、訴外東京都知事から、訴外会社に対し、建築基準法九条一項に基づく是正措置として本件工作物のレディミクストコンクリート製造工程のうちセメントの混入工程及びコンクリートの混練工程に相当する施設の部分の除却を命ずる前提としての同条二項に基づく措置命令の通知がされた。
(4) 同年一一月六日、担当吏員において、飯塚弁護士に対し、訴外中央信託銀行株式会社にのみならず、訴外会社の取引先である訴外秩父セメント株式会社に対しても協力をもとめるよう勧告し、さらに、同年一二月四日、現場を実地調査し、訴外会社に対し同様の勧告をしたところ、既に訴外秩父セメント株式会社及び訴外住友セメント株式会社に対し移転先用地のあっせんを依頼したとの回答があった。
(5) 昭和五七年一月一二日、担当吏員において、訴外秩父セメント株式会社の担当者から直接事情を聴取し、移転先用地の確保方を要請し、さらに、同年四月五日、同担当者から移転先候補地の買収の交渉中である旨の報告を受けた。
(6) 同年六月七日、担当吏員に対し、中央信託銀行株式会社の担当者から移転先候補地の買収交渉中である旨の報告があり、さらに、同年六月一五日及び同年一〇月下旬に同担当者から関係資料の提出があった。
(7) その後、同年一一月一七日に飯塚弁護士からさらに移転のための猶予を求める申入れがあったが、建築指導課内部においては、訴外会社に対し、建築基準法九条一項の是正措置命令をすることを検討し、昭和五八年一月二六日、訴外東京都知事は、訴外会社に対し、期限を同年七月二五日として、本件工作物についてのレディミクストコンクリートの製造工程のうちセメントの混入工程及びコンクリートの混練工程に担当する施設の部分の除却を命ずる是正措置命令を発した。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(二) また、右二の2で認定した事実に、<証拠>を総合すると、本件工作物の建築基準法違反の状態に対する被告区長の対応につき、次の事実が認められる。
(1) 前記のとおり、本件工作物に係る建築基準法八八条二項で適用される同法九条に所定の措置の権限に属する事務は、昭和五八年四月一日に被告区長に移管されたところ、被告文京区における担当部署である建築部建築課の課長を務める黒田主事は、訴外東京都知事の前記是正措置命令の期限である同年七月二五日以降、右是正措置命令に従わず、操業を継続する訴外会社に対し、本件工作物の自主的な撤去を求めるべく、数回にわたり、訴外会社の担当者に、口頭又は文書でその旨の勧告をしたが、訴外会社はこれに対し、移転先の適地が発見されたような報告はするものの、本件工作物撤去に向けた具体的な進展はみられなかった。
(2) 他方、訴外東京都知事の右是正措置命令は、昭和六〇年一一月二二日、東京都文京区建築審査会によって、レディミクストコンクリートの製造装置に使用される原動機の出力の合計が許容されている2.5キロワットまでの部分を含めて、セメントの混入工程及びコンクリートの混練工程に相当する施設の全部を除却するよう命じたことは相当でないとの理由で取り消されたので、被告区長は、訴外会社に対し、昭和六一年二月一四日に建築基準法九条二項に基づく措置命令の通知をした上で、同年三月一〇日、建築基準法九条一項に基づき、訴外会社に対し、是正期限を昭和六一年六月九日として、本件工作物についてのレディミクストコンクリートの製造に使用する原動機の出力の合計を2.5キロワット以下とすることを命じた是正措置命令を発した。
(3) 右是正措置命令について、訴外会社は、東京都文京区建築審査会に審査請求をし、同建築審査会が、昭和六二年三月一三日に右請求を棄却する裁決をしたところ、訴外会社は、さらに、東京地方裁判所に右是正措置命令の取消しを求める訴えを提起し、現に係属中である(右訴えの提起及び係属は当裁判所に顕著な事実である。)ため、被告区長は、右訴訟の推移を見守ることとして、本件工作物につきレディミクストコンクリートの製造に使用する出力の合計が2.5キロワットを超える原動機の除却を命ずる新たな是正命令を更に発することを差し控えている。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(三) さらに、本件工作物から発する騒音が一時的に七〇ホンに達することは原告と被告文京区との間で争いがなく、右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、本件工作物による原告の被害に関し、次の事実を認めることができる。
(1)(ア) 本件工作物から生ずる騒音については、レディミクストコンクリート製造施設が稼働するに際し、本件土地に出入りして、右施設に砂利、砂、セメントを搬入するダンプカー及びセメント車並びに右施設からレディミクストコンクリートを搬出するコンクリートミキサー車のエンジン音、砂利等の施設への投下音並びにコンプレッサーによるセメントの圧送音等が主なものである。
(イ) 昭和五六年七月一〇日、被告文京区公害課係官が右騒音の測定をした結果によると、午前九時から午後四時三〇分過ぎまでの測定時間中に、概ね七〇ホンを中心として約六五ホンから瞬間的には八〇ホンを超える前記各種の作業音が生じていることが認められた。
(ウ) また、昭和五九年九月二六日、右と同様に被告文京区公害課係官が、原告住所地と本件土地との境界付近において測定した結果によっても、午前八時四五分から午後四時三九分までの測定時間中に、概ね六五ホン以上で瞬間的には八五ホンを超える前記各種の作業音が生じていることが認められたが、右測定位置に比べ、本件工作物から遠ざかる原告居住建物における音量は、計算上、右測定結果よりも約一七ホン程度は減少するはずである。
(エ) 他方、原告住所地は、都内でも交通量の極めて多い音羽通りの、しかも、信号のある交差点に面している上、その隣接する本件土地先にはバス停留所があり、信号待ちのため滞留した大小の車両がいっせいに発進し、あるいは停留所に停車したバスが発車するときには、かなりの騒音を発するなど、もともと、交通騒音を中心とする環境騒音の著しい位置に所在しており、右(ウ)の測定の日の前日である昭和五九年九月二五日の測定では、常時約六〇ホンから七五ホン以上に達する交通騒音が認められたほか、右(ウ)の測定中には、一時的に八〇ホンを超える近辺の工事音が、また、右(イ)の測定の際にも、七五ホンを越えた八〇ホン以上に達する交通騒音等がそれぞれかなり頻繁に記録されている。
(2) 本件工作物付近の粉塵については、ダンプカーが砂利、砂等をレディミクストコンクリート製造施設に投下した際、一時的に砂ぼこりが舞い上がることがあるけれども、他には、右施設から粉塵の発生は認められず、かつ、被告文京区係官が(1)の(ウ)の騒音測定とともにした粉塵測定の結果では、通常の作業時には、大気一立方メートル中に0.03ないし0.04ミリグラム程度の粉塵が存在するのみであって、これは付近の粉塵濃度を超えるものではなく、したがって、本件工作物のレディミクストコンクリート製造施設の操業に伴い発生する粉塵によって原告に生ずる被害は、極めて軽微のものである。もっとも、粉塵のほかに、本件工作物から小量のレディミクストコンクリート飛沫が原告住所地に飛来し、原告方の工作物等に付着することがあったが、これにより、原告の生活上、格別の支障があることは窺えない。
(3) 他に、本件工作物の存在及びそのレディミクストコンクリート製造施設の操業により原告に特段の被害が生じてはいない。
以上の事実が認められ、<証拠>中、右認定に沿わない部分は措信できず、また、右認定と抵触する<証拠>は、その測定の際の機器設定の正確性を肯定させるに足りる証拠がないので採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(四) 右(一)及び(二)の各事実によれば、訴外東京都知事は、本件工作物の建築中に、その建築基準法違反状態是正のための訴外会社に対する指導を開始し、本件工作物の完成後も、継続して、本件工作物のレディミクストコンクリート製造施設の他への移転を内容とする訴外会社の自主的な是正を求める指導をした上、最終的に、建築基準法九条一項の是正措置命令を発するに至っており、また、権限の移管を受けた被告区長も、訴外東京都知事の発した右是正措置命令に対する審査請求の係属中は、訴外東京都知事の方針を受けて、訴外会社に対し自主的な是正を求める指導を行い、かつ、右是正命令が建築審査会により取り消されると間もなく、建築審査会の判断に沿った新たな建築基準法九条一項の是正措置命令を発し、これに対する審査請求及び取消訴訟の推移を見守っていることが認められるところ、右各是正指導に対し、訴外会社がこれに応ずる姿勢を示していたことに照らし、また、建築基準法に違反する工作物であるとはいえ、これを行政代執行により強制撤去することは慎重を要することに鑑み、訴外東京都知事及び被告区長が、右のように訴外会社に対し自主的な是正を積極的に働きかけた上で、時間的猶予を与え、建築基準法違反状態が自ら解消されることを期待し、強制撤去の方途をすぐに選択することを差し控えることは、結果的に、右各是正指導が効を奏することなく、本件工作物の存在及び操業の違法状態が解消されるに至っていないとしても、あながち不相当であるということはできない。
のみならず、右(三)の事実によれば、本件工作物のレディミクストコンクリート製造施設の操業に伴う騒音により、原告に被害が生じていることが認められるが、右騒音被害も、瞬間的な音量としては環境騒音を五ホン以上上回ることがあるものの、通常の作業時には、環境騒音との差異は僅かであって、重大な生活利益の継続的な侵害を受けているものということはできず、また、他に本件工作物により原告に右のごとき侵害が生じている事実も存在しない。
そうすると、訴外東京都知事及び被告区長による本件工作物の建築基準法違反の状態に対する対応に、原告との関係で、同法九条一項及び一二項並びに行政代執行法の権限の行使をしないことが違法となり不法行為を構成するに足るような前記例外的な事情が存しないことは明らかである。
四したがって、原告の被告東京都及び被告文京区に対する損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。
第三よって、原告の被告区長に対する訴えを却下し、被告東京都及び被告文京区に対する請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官石原直樹 裁判官青野洋士)
別紙<省略>